木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむら まさはる)による様々な随想です。様々な分野について随時、思う事や感じる事を綴ります。

あの人はもういない

 以前にSNSにて私の少年時代の陸上競技の
試合の映像を何本か投稿した際に私のコメント欄
に以下の内容を書き込んだ。

(以下、コメント欄へ私の書き込み)

 実際にレースで走っていると声援が聞こえている
場合と角度や風に消されたりする等で聞こえていない
時とがあります。
 改めて当時の映像を見ると、ああ、あの人がこんなに
声援をくれていたのだなあと感心したりします。
 当時は厳しい環境でしたから練習中や試合当日は
和気あいあいと会話するような状態ではなかったです
から私も淡々としていたと回顧しています。
 いやあ、誰とは直言しませんが、こんなに私に絶叫
しながら声援をくれていたなんて、時間空間を超えて
感謝しています。
 硬派な時代だったですからね当時は。
 べっぴんさんでしたしスタイルも良かったし時代環境
が違っていたら多分、私は惚れていたかもね。
 人生のワンシーンはノスタルジーですね。

         ~以上、コメント欄への書き込み~

 今回のゴールデンウイークに故郷に帰省した際に
美しい街並みを散策しながらふと知り合いの店に久し
ぶりに入り懐かしさを交えて四方山話をしました。
 ふと陸上部時代の話になって、あの子は今どうしている
の等と言う話題が続いて映像で私によく声援を送ってくれて
いた同級生の女の子の話題になりました。

「ああ〇〇さん。もう亡くなりましたよ。」
との一言に思わず絶句しました。
 そのお店の女性は〇〇さんと同じ職場だったとのこと。
「短大を卒業して総務部に配属されていましたが営業所
が統廃合されたすぐ後に脳腫瘍で亡くなったと連絡があり
ました。」
と言葉が続きます。
 私の中に衝撃が走りました。
 何と・・・・・。

 もう20年近くも前に〇〇さんはこの世を去っていた
なんて。
 信じられないね、と思わず私は呟きました。
 何と儚いことか。
 成人式の時に大学生だった私は帰省してその時に〇〇さん
とは懐かしく再会したのですが、その僅か数年後にこの世を
去っていたなんて。

 長らく会ってはいませんでしたが、どこかで元気に暮らして
いるだろうと思っていました。
 しかし亡くなっていたと知らされた途端に胸中に衝撃が
走りました。
 竹原は綺麗どころが多いと改めて成人した後に当時を
アルバムや記憶で振り返りながら感じていますが例に漏れず
〇〇さんも健やかな健康美人でした。
 20代後半と言えば女盛りではないですか。
 まだ蕾とも言えます。
 蕾がこれから開花しようかという年頃ではありませんか。
 儚いことよ・・・・・。

 人の一生とは・・・・・。
 その日は終日、私の胸中は何とも言えない虚しさに
包まれていました。
 せめて同窓会か何かで懐かしく陸上部時代の映像を
スマートフォンで見せながら語り合いたいなと思っていた
のですが成人式に再会した時の姿がこの世での見納め
だったとは。

 1つ1つの場面を大切にしていこうと意を強くした
帰省になりました。
 あの人はもういない・・・青葉城恋唄の歌詞がまた
ここでも当てはまるとは。

 五月晴れの空を見上げると故郷の空に龍のような雲が
かかっていました。
 あなたかなとも感じました。